

ベーシックなサラリーマンの1日。


昭和の頃、テレビの歌番組をラジカセで録音している時は
家族全員が一言も発してはならないというルールがありました。
しかしそうしていてもピンポーンと何かの集金の人が来たり、
柱時計がボーンボーンと鳴り出したりと
さまざまな障害と闘わなければなりませんでした。
あるいは家族の誰かが咳払いをして
「静かにしてよ!」「これくらいいいだろ!」などという
ケンカの声が録音されてしまったり……。
しかしそのうち電気関係に詳しい友人からテレビコードというものの存在を聞き、
そしてそれを購入した時、家族全員が沈黙地獄から解放されたものです。
そんなわけでとにかくアナログっぷりが尋常ではなかったのです。
しかし今になるとそんな昭和の生活音が一緒に録音されている音楽カセットを
聴いてみたい気がします。
それらのカセットはとっくの大昔にどこかにいってしまいましたが。

携帯電話が一人一台普及した今では考えられませんが、
昭和の電話事情はなかなか厳しいものがありました。
まず、長電話は禁止。
3分間を計るタイマーが各家庭にあり、それで計測していました。
また、娘が男と話していようものなら、親が様々な妨害工作をしかけてきたものです。
さらに電話はなぜか家の中の玄関のあたりや廊下に設置されていることが多く、
冬場などは寒さに耐えなければなりませんでした。
そしてまた受話器は今の電話と比べるとかなり重かったように記憶しています。
ちなみに電話にカバーをかけている家庭も多かったです。
というか、昭和の頃は電話に限らずドアノブや炊飯器などにもカバーをかけることもあり、
ちょっとしたカバー文化がありました。

昭和の頃によくあった別れの光景。
最近、あまりこういうのを見かけなくなったのは、
電車の窓が開かなくなったからでしょうか?

昭和40年代の少年たちは、大体これらのようなもので
テンションが上がっていたのです。